HR参団と僕(卒業文集掲載文)

迷ったんですが、せっかく書いたしまぁ公開するかということで公開することにしました。

昨日公開した卒業にあたっての記事とだいぶ被るところはありますがご容赦を。

老害じゃん、というコメントは受け付けておりません。そもそも同級生しか読むことを前提にしてない…

※個人情報保護の観点より内容を一部改変しています

 

 

 

この開成生活において、HR参団という存在ほど僕に影響を与えた存在はない。せっかくの機会であるから、僕にとってのHR参団という存在について書いていこうと思う。


そもそも、この学校に来るきっかけをくれたのもHR参団だった。

僕がHR参団と出会ったのは、小学5年生の時に来た143rd開成祭でのことである。この143rd文化祭は、僕が開成学園を目指すきっかけとなった文化祭である。小学校の友人に誘われて何も知らないまま来たこの文化祭は、僕にとって衝撃の連続だった。出し物全てがクオリティが高く、生徒皆が躍動し活気に溢れているこの学校の文化祭は僕にとって最高の場所であった。当時はあまり意識してなかったのであるが、そこで僕が1番楽しんで居たのが後から思うとHR参団なのである。参団グランプリHR参団部門1位金の匙と言えば分かる人も多いのではないだろうか。熱のこもった勧誘から始まり、清々しく分け隔てない接客をしているお兄さんたちは当時の僕にはとても眩しく見えたものだ。


自分で参団を創り上げ、接客し、人を楽しませることの楽しみを知ったのもHR参団だった。

中1としてのHR参団。僕は自ら立候補し、演説と選挙を経て1年1組の副責任者としてHR参団をした。昔から仕切るのは好きであったが得意とは言い難かったあの頃、もちろん上手く行かなかったことの方が多かった。クラスの人たちとは度々対立したし、そもそも作業に全然人が来なかったものだ。そんな時にいつも隣に居て一緒に作業してたのが、この後5年間文準を共にするynである。同じ鉄研部員だったこともあって仲が良く、同じく副責だった矢野に着いていく形で毎日一緒に作業をした。今でこそ誰もが認めるプロジェクトリーダーのプロだが、あの頃からそれは健在。憧れすら抱いていた。そうして彼と一緒に作業を積み重ね、文化祭当日を迎える。1組は145thで3つしかなかったお化け屋敷参団というのもあり、参団グランプリこそ取れなかったものの大盛況だった。作ったのも脅かしてるのも中1の僕らなのに、大人から子供までがみんな怖がって楽しんでくれた。自分たちが作ったものを楽しんでくれているその顔を見るのがこんなに嬉しいなんて思っても見ただろうか。僕はそのとき初めて、人を楽しませることの楽しさを知った。この時の経験は僕の今後の開成生活の原点になったと言っても過言ではない。


後輩との付き合い方を教えてくれたのもHR参団だった。

鉄研の先輩に、147th文化祭の文準委員長の方が居り、その先輩に、僕も委員長になりたい!と言ったところ勧められたのがHR参団担当であった。中3の時に委員長になりたくて入ったHR参団担当。その頃は先輩とばっか仲が良く、後輩とはそもそもあんまり関わってなかったし関わり方も知らなかった。HR参団担当になるにあたってどんな先輩になりたいかと考えた時に思い浮かべたのが、自分が中1の時にHR参団担当だった中3の先輩。先輩らしくどっしり構えてあれこれ指示を出していたHR参団担当責任者の方とは対照的に、彼は中1の僕らと同じ目線で雑談もし、一緒に作業をしながら色々なことを教えてくれた。親身に寄り添い、雑談の中での相談事にも快く乗ってくれる彼に僕は凄く憧れた。上の立場として接することで下級生に指導を聞いてもらうのではなく、下級生と同じ目線に立って仲良くなることで、相談もしてもらいやすくなり、指導も聞いてもられる、そんな先輩になろうと思ったのである。初めこそ世代間の格差もありなかなか仲良くなれなかったし、自分も手探りであったが、毎日HR参団担当として中1と接してるうちにだんだんと仲良くなり、徐々にではあるが自分の目指した自分になれている気がした。結果的に9月・前当日の担当であったM1-6のクラスの大半や、隣のM1-5,1-7の一部とも仲良くなって信頼関係を築くことが出来、当日も成功を納められたという意味で僕の目標はある程度達成出来たとおもう。それに加え後輩と接し指導する過程で、後輩指導そのものに対してしっかり向き合い、今どうこの後輩に指導をするべきか、注意するべきか放っておくべきかなどの、基本的な後輩指導の考え方も学んだように思う。


プロジェクト実現のやり方、進め方などを学んだのもHR参団だった。

高1でなったHR参団担当の責任者。自分にとってはじめての1つの組織の長であったし、また中1新高400人を取りまとめる長とあって、その責任は重大であった。前年度に行われたHR参団の改革を引き継ぎ拡大していくという基本方針の元、中1新高の先生との打ち合わせから始まり中1やHR参団担当下級生の教育まであらゆる業務を遂行した。もちろん全てが最初の構想通りに上手くいったわけではない。時に先生方との交渉がうまくいかずやりたいことができなかったり、自分の不手際で中1に迷惑をかけることもあった。ただそこで得られたのは、確かなプロジェクト推進のための技術であると思う。先生方と多く話すことによって、学校の責任者たる彼らが何を考え何を重視しているか、そしてどうすればこちらの交渉に応じてくれるかなどを考え実行した経験は、もちろんこれ以降の開成生活で大きく活きたし、必ずや今後の糧になるだろう。自分でプロジェクトを組み多くの人を動かして実行するということがいかに大変か。そしてその中で必死に頑張った経験は何にも変え難いものであるし、先輩から後輩まで皆を動かすという意味で参団Cや組責とも全然違う貴重な経験であった。

 

さて、ここまで自分とHR参団との思い出を書いてきたが、僕は、HR参団は最高の人づくりの場であると思う。

中1にとってHR参団とは1つの大きな試練である。大人の手を借りず、先輩は居ても基本的には自分達の力で1つの参団をクラスみんなで創り上げなければならない。多くの者にとって初めての経験であるだろう。時にケンカし、時に労い合いながら参団の成功に向かってクラス一丸となって努力する経験はその後の開成生活において大きな意味を持つ。開成生は中1の運動会をやって初めて開成生となるとはよく言われた話であるが、HR参団も同じような位置づけにあるように思う。HR参団担当として沢山の中1を見てきたが、6月にはまだ全然子供であった中1が9月には見違えるほどぐんと逞しく成長している姿はとても誇らしいものだ。

またHR参団担当にとっても凄く大きな成長の場であることは言うまでもないだろう。中2や中3のHR参団担当にとって中1はとても距離感が難しい存在である。中1の1クラス44人を目の前にして、どう振る舞い、彼らをどう教え導くか。運動会や部活、他組織とは違い中1のサポートと教育のためだけに組織されたHR参団担当だからこそ、手を抜くわけにはいかない。正攻法も正解もない中で、"教え育む"ことに真正面から向き合うHR参団担当は、まさに自分自身も大きく成長させてくれる場である。


僕はHR参団と出会い、HR参団を通じて本当に多くのものを学ぶことが出来た。HR参団がなかったら今の僕は絶対になかったと思う。心から感謝したい。

これから先、まだまだ沢山の人がHR参団に関わるだろう。彼らはHR参団を通じて何を思うだろうか。HR参団は彼らをどう成長させるだろうか。僕の6年間の開成生活の礎となったHR参団の今後のますますの発展を祈り、僕も筆を置こうと思う。

 


HR参団、そして開成学園

6年間本当にありがとうございました。